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18歳はもう子どもじゃない~18祭 [社会]

先日、NHKの番組「18祭(FES)1000人の18歳、ONE OK ROCKと奇跡のステージへ」を観た。

これは1月に放送されたものの再放送らしいが、そんなこと全く知らず、何の予備知識もなく観た為か、感動し最後の(1時間02分以降の)メッセージと1000人の合唱とライブに涙した。久々に泣いた。

詳しくはyotubeを観て欲しいが、書き写したのでメモしておきます。




私も18歳の頃の悶々としながらも、熱いものを持って自分なりに生きていた頃を思い出す。しかも私の子ども二人は19歳と17歳とその頃を生きている。もう大人として見守っていきたい。


ONE OK ROCKは今回の企画の為に18歳に向けてこの曲「We are」を作ったらしいが、英語の歌詞もちゃんと意味を知って聴くと感じ方も大きく変わってくるので不思議だ。なので訳も併せて貼り付けておきます。


TAKA:年を取ってもしょうもない大人はこの世の中に腐るほどいるし、例え未成年であっても素晴らしい思考をもって素晴らしい情熱をもってこの世の中で生きている人もたくさんいます。
皆さん一人ひとりの気持ちの中にある熱いものだったりとか、正義感だったりとか、罪悪感だったりとか、いろいろな感情がありますけど、そういった一個一個に嘘をつかずに生きていくこと、僕が一番いつもモットーにして生きていることです。これからいろんな事がもちろんあるんだけども、そういったいろんな事に対して自分のリアクションに絶対嘘をつかずに進んでいって欲しいなと思っています。そういう気持ちを込めて今回この曲を作りました。
「We are」
僕らを見下してるんだ 何を言われようと 僕らは屈しない
煽り続けられ 僕らももう引き返すことは出来ない
夢は終わり 目を覚ます時 絶望や希望も 同時に目を覚ました
鏡に映った僕が問いかける
自分を誤魔化し 生きることに意味はあるか
崖っ淵に立たされ 全ての事に嫌気がさし 不安を感じても それは若さゆえもたらす絶望感
みんなそうさ
君の足元に地はなくとも大丈夫!僕たちは暗闇の中の色(ひかり)だから
酷く痛む 鼓動は早く 遠くの景色をこの手で掴もうとした
あいつらこそが弱者だ
何もわからないくせに 誰が何て言おうと 僕らの汚れのない心は壊せやしない
君は君だから 他の誰かになりたいだなんて思わないで
誇りを持ってもう怖くないって言おう
君は君だから 他の誰かになりたいだなんて思わないで

訳を書いていて感じたが、私たち世代が尾崎豊が好きだったように、今の若い世代にとってはワンオクが彼らの代弁者なのかもしれないなぁ・・・と。

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高専という選択肢 [教育]

私が住む街にも高専という高校というか、短大というか、5年一貫校というか、とにかく高専という学校がある。

私も自分の高校受験の際に見学に行ったことがあるが、当時(中3の15歳)は、何も目標がなく、やりたいこともなく、選択肢から外して流されて普通高校に進学した。今、思えばその時に高専に進学していたら自分の人生も違っていただろうけど、今の友人とも出会えなかった訳だから、人生にタラレバは無く、今の人生に満足している。


高校や専門学校や大学も含めて何の為に学校に行くのか?と私なりに考えると・・・やはり「社会に出る準備」の為であり、「就職」の為であると私は考えるから、就職率100%の学校は見逃せない。家事業を学ぶ為にお父さん・お母さんの家に就職するという箱入り娘も、それはそれで裕福な家庭の一員というラッキーさはあるから否定は出来ない。ただ学校からすると就職率(進学率)100%未満になる要因を作ったから対外的にはマイナスかもしれない。私が通った進学校も進学率100%を謳(うた)いたいらしく、就職を希望する人は来ないで欲しいと、今の受験生の親にはあからさまに言っているのだとか・・・恐ろしい時代だ。別に子どもが進学しようが就職しようがその家庭の勝手だろうが、イメージに傷が付くことを恐れるとは、現在の学校教育はどうなっているのか?疑問に感じる。まぁ、当時も弓道部内で私たち部員が良かれと思ってやりたいことをやろうとして、顧問の先生に反対されたから自由な校風というものは無かった。

娘は大学受験するらしく、今は受験戦争の真っ只中の最後の夏である。私はあの受験の一年間(高3)に戻りたいとも思わない。それだけ苦しく辛く悶々とした青春の1ページであった。受験戦争なんかなければいいのに!といまだに思う。行きたい人全員が希望する大学に行けるシステム。その代わり、入ったら大変で勉強しないと卒業できないシステム。その方が日本の社会の役に立つと思うのは私だけだろうか?

息子は高専という5年一貫校なので大学受験の苦しみを味わうこともなく、甲子園予選敗退した野球部引退後は、4年生5年生野球部に所属し、アルバイトもしながら軽音部にも所属してバンド活動もするという楽しそうな学生生活を送っている。学業も自分の興味ある研究室に所属して機械工学と水力学の応用?という私が聞いてもわからない専門的な勉強もしている。短大や大学なら当たり前かもしれないが、高専は高校1年生から夏休みが約2ヶ月間もあるのだ。その間に留学する学生も多いのだとか。海外から留学生を受け入れているので、交換留学とかもあるのだろう。学校側も語学面や世界的に通用する人材育成の為に積極的に留学を薦めている様子だ。それと4年生は今までは選択科目だったようだが、今年からは企業への1週間のインターンシップが必須科目となったようだ。実践的に企業内で活躍出来る人材を育てる目的らしいが、頭でっかちな学生では企業も困るから、世の中の当然の流れに沿っている。


将来高校受験をするであろうお子さんをお持ちの方に(相変わらず余計なお世話であるのだが)高専という選択肢もいいですよ!と言いたいのでご紹介したい。全国に55校あるらしい。


近くに高専が無くても寮も完備しているので遠方にまで行かせることも可能だ。私の実家の近所のお兄さんは、自転車で通える高専に行かずに100キロ離れた高専に寮生活しながら通われたのを知っている。

ただし、理系脳でなければ留年もあるので私のような文系脳では苦しむことになるかもしれない(苦笑)。息子の同級生で二回留年した子もいるほど。それでも4年制大学に通わせたと思えば学費も安いものだし、就職率は100%だからお釣りが返ってくる感覚かも。約160名の学生に対して多い年で約1000社の企業が募集に来るのだそうだ。娘も高専の見学会に行ったが、理数系の科目が好きではないからという理由で受験しなかった。情報システム系の学科もあり、元嫁も行って欲しかったみたいだが、嫌なものを強制することも出来ず、普通高校に進学した。娘は私に似たのだろう(笑)。私も高校の理科や数学が全く分からず、高専に行かなくて良かったと思っている。

もしも息子さんや娘さんが理系向きであればお薦めしたい。毎年約1/3の学生が大卒資格を得られる専攻科進学(2年延長)や国立大学に(3年生~)編入するらしい。企業に就職してからの出世や報酬面や結婚などの対外的メンツまでの長期的視野に立つと当然かもしれない。高専内の授業についていけれたら大体は受かるらしい。それを考えると私が経験した受験地獄の苦しみを味わうことなく、大学にまで行くことが出来るのだ。なんと素晴らしいシステムだろうか?

ただ、何度も言うが私のような文系脳では無く、理系脳のお子さんに限ると思う。私がもしも行っていれば、留年三昧で自主退学していたかもしれない。あまりに自由過ぎてそんな生徒もいるそうだ。まぁ今の大学がそんな自由さがあるからわからなくも無い。

ただ…偏差値を見ると近くの高専は県内トップレベルの進学校と同程度だからビックリする・・・

恐らく各高専に紹介ビデオがあると思うのでyoutubeで検索してもらいたいが、息子が通う高専verは14分と長いので興味ある人のみになると思うが一応貼り付けておきますのでご視聴ください。



がんばれ!モノ作りに興味ある子どもたち!

がんばれ!モノ作り大国ニッポン!

ロボコン [DVD]

ロボコン [DVD]

  • 出版社/メーカー: 東宝
  • メディア: DVD
ちなみにこの映画はうちの街の高専でロケされました。うちの近所の海岸も写っています。高専(モノ作りの楽しさ)を知るにはいい映画です!長澤まさみ、小栗旬、塚本高史、伊藤淳史らが出演。彼らのデビュー的な初々しい映画でもある。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%9C%E3%82%B3%E3%83%B3_(%E6%98%A0%E7%94%BB)

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無駄な努力なんてなかったこと [社会]

今、甲子園では全国3839校の頂点を目指した熱戦が繰り広げられている。山口県では58校の頂点になれば甲子園に出場出来る。2年前にその頂点を目指した息子だが、初戦で敗退。でもそれまでの努力は無駄ではなかったと実感しているに違いない。やったことが無い人は何でも言えるが、やった人ほど口では言い表せないものがあると思う。私の高校生活は野球部ではないが、畑違いの弓道部に所属して求道していた(笑)。弓道は個人競技のように見えると思うが、団体戦でもあるのだ。団体戦では敗退するも、同じ部の女子一人が県内の高校総体予選で優勝し、北海道の高校総体に県代表で出場した。夢は諦めなければ叶うこともある。しかし、ほとんどは叶わない。叶わなくても無駄な努力なんてないことは本人が一番わかっている。


youtubeで検索していて目を疑った。「今、平成29年だよね!?」息子が甲子園を目指した二年前の夏の出来事を綴った作品が出てきた。息子は4:49~セカンドで盗塁をタッチアウトする選手として写っている。まぁ他にもいろいろと写っているのだが、作成してくれた学生会の方に感謝である。

動画内で紹介される文字も歌の歌詞と相まってなかなかいいので勝手に紹介させてもらう。学生会というのは高専4年生5年生で構成されるらしいので、恐らく3年まで野球部だった先輩が経験を元に後輩の為に作ったのではないだろうか?経験者でないと語れない言葉だからだ。高校受験を考えておられる方や親御さんは「高専」というものが近くにあればご検討をお薦めする。なかなかいい組織である。あの夏の努力が間違って無かったことを社会に出て証明して欲しい!


そんな息子は中国地区の高専大会(4年生・5年生チーム)で優勝し、群馬県で行われる全国大会に出場する。平成27年度の学生会のメンバーに感謝である。時間差で違うカタチで報われることもある。これがこの世の中の法則のひとつかもしれないなぁ・・・




「平成27年度 宇部高専野球部」
Produced by 学生会@宇部高専
無駄に出来ない夏がある
いつでもその日を見据えていた
全ての高校球児の夢の舞台
いつだって隣にはみんながいた
仲間と挑む
夏季甲子園地区予選
大切な仲間と
夢を追い求めた
諦めたことなんてない
諦める理由なんてない
その日が近づくごとに実感する
僕たちのしてきたことは
間違っていなかったのだと
どんなにつらくても頑張れた
目指すものが同じだから
勝つことだけを考えた
同じ夢を追っていたから
独りではなかったから
いつだって前に進めた
そして手に入れた
大切なもの
仲間という存在。そして…
「かけがえのない夏」
出来ればこのまま
みんなと夢を追い続けたいと
思うこともあるけれど
夏が過ぎても何も変わらない
これから先は思い出す
どんなに苦しいことがあっても
この夏が背中を押してくれる
魅せてやるんだ
証明してやる
無駄な努力なんてなかったことを
応援してくれている全ての人たちと、仲間に
感謝
無駄な夏なんてない


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自叙伝 [社会]

以前、同僚の担当お客様が書いたという自費出版された自叙伝なる本をもらったことがある。


しばらく読んだが、そもそもその人を知らず、読んでも全く面白くない。芸能人や有名人や自分の好きな人(アーティストや芸人)のルーツなどは知りたいと思うから読んでみたいと思うが、全く知らない人の自叙伝は興味をそそられない。


昨日、勤め先のオーナーさんから(中学校の同級生であり、私が弟が経営するコンビニを喧嘩別れで辞めるのを機に移籍した経緯がある)契約更新した際のお礼として従業員さん全員にプレゼントを渡したいとのことだった。一人ひとりに個別に挨拶をされ、何かをもらった。「何?」と聞くと・・・「本」だと言う。「もしかして自叙伝とか書いたんじゃないじゃろうね?」と冗談で言うと・・・○○さんのようにブログで本が出版出来るのと違うから~と「選べるギフト」という本だった。


ここでふっと思った。so-netブログは自分のblogを製本に出来るサービスがあるのだ!


息子と娘と大切な人に向けて(死ぬ直前に)製本したいなぁ・・・と。


縁もゆかりもない人の自叙伝(blogは自叙伝では無いが、その人独自の考え方形式だから自叙伝に近い)は面白くないが、縁もゆかりがある人の自叙伝は興味がある。息子や娘が自叙伝を書いたら絶対に読みたいし、親が書いたとしても読んでみたい。ましてや親友や好きな人が書いたものなら尚更だ。


校正とか面倒くさそうだが、so-netユーザーは一度ご検討してもいいのではないだろうか?


あなたの記事が死後も大切な人の手元に残って読み返してもらえるのは幸せなことではないだろうか?


読んでもらえない場合もあるが、それはそれで、あなたとの生前の関係性を天国から知ることになるのだから、それはそれでいいのかも!?

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名字は変えられるのか? [社会]

昨日、市役所の市民課にある相談に行った。

私は離婚している。元嫁は再婚し、息子と娘は新しい姓を名乗っている。

娘はいずれ結婚して新しい姓を名乗るから問題とは思っていないが、息子は一生血の繋がらない姓を名乗ることになる。息子の事を思いやっての勝手な心配であり、息子がどう思っているのかもわからない。しかし、変更が出来るのか?来年、二十歳となり、就職も決まったのでそれを機に独り立ちする一環として、可能性の話として聞いてみた。なんとそこに市の職員として居たのは小・中・高と一緒で、私の離婚の事情もその後もよく知っている同級生だった。(こんな偶然があるのか!?複雑な事情を話すのが省け、ざっくばらんに質問出来た。)


結論から言うと「裁判所に申請して認められば可能」とのこと。

15歳以上であれば、実の父の姓を名乗ること、再婚前の母の姓を名乗ることは可能。ただし、離婚後再婚前の母の姓は私と同じ姓を名乗っている(通常、旧姓に戻るのだが、いじめなどの可能性の問題で元夫の姓を名乗ることを裁判所に申請しているため)ので普通に考えられるのは私の姓である。これはこれで嬉しいのだが、息子の立場を思うと、現在の両親や親族間で私の姓を名乗るのは新たないじめに遭う可能性もあるため、元嫁が私と結婚する前の本当の旧姓に戻れるか?が私の焦点だった。

それは祖父母と養子縁組を結べば可能であるが、相続の問題や母の兄弟姉妹に入るという複雑な問題が絡む。それ以外で母の本当の旧姓を名乗ることは出来るのかは不明なので、この案件を近くの家庭裁判所に戸籍謄本を持って相談に行ってみるように言われた。歩いて離婚調停の場となった裁判所に9年ぶりに足を運んだ。


20歳以上で新たに戸籍(新たに世帯主となり)を作れば可能だが、裁判所が相応の理由を認めれば・・・という条件がつくという。


私の息子の場合、3月下旬誕生日で二十歳となり、4月1日入社となる、いろいろな手続き上で混乱をきたすから不可能ではないが、無理っぽいなぁと感じた。そもそもは息子がどんな風に考えているかもわからないのだが。


それよりも、今まで何年もモヤモヤした気持ちで過ごしていたが、知らないことを知るという事だけでスッキリとした。親身になって相談に乗ってくれた同級生や真剣に答えを見つけようとする裁判所の職員の方に感動した。

私も何かの相談を受けた際は、真剣に対処してお役に立っていこうと感じた。一度は死んだかもしれない人生、と考えると後の人生はチョボチョボ。私以外の誰かの為に生きようと感じた8月の暑い夏の一日だった。

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ルールを守ることは自分を守る [社会]

私は、車が廃車レベルとなった段階でバイク通勤となった訳だが、以前勤務していたお店の従業員さんがバイクで事故したシーンを思い出した。

住宅街をバイクで走っていたら、一旦停止標識があるところを車が停止せずに出てきた出会いがしらの事故。

他にも有り得そうな事故が点滅信号の交差点。一方から見れば黄色信号。一方から見れば赤信号。黄色側も注意して進入する義務があるが、赤信号側が一旦停止せずに進入してくることで起こる事故。

例えばそれが田舎の信号機だから・・・といって誰も進入してこない!と思い込むのではなく、赤信号だから止まろう!というロボット的意識の方が大事なのかもしれない。無灯火で走る自転車や夜道をダイエットの為か走っている人もいるし、無灯火で走る車だっている。

こちらが気をつけていても、対向車が車線をはみ出してきたら、それだけで終わりでもある。

交通ルールだけでない、いろんなルールがある。

ルールを守ることは、人を傷つけないことであり、自分の身を守ることでもある。

今日も自分を含めた皆さんが無事故無違反(無違反はその人の問題でしょ!)で居られますように!

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夜のシャボン玉アート [社会]

近くの海水浴場が夜はライトアップされていると知り、観に行った。

砂浜が七色にライトアップされ非常に幻想的だった。

遠くで何かキラキラ光るものが飛んでいるのが見えた。

何だろう?と近寄ってみると、30代の男性が幻想的な音楽を流しながら、シャボン玉アートのパフォーマンスをやっておられる。何でもその男性も、砂浜がライトアップされているのを聞いて、趣味でやっているのだとか。


海をバックに砂浜に向けて、鈴なりになったシャボン玉がキラキラと輝きながら風に吹かれて、幻想的に飛んでいく。


子どもたちが無邪気にそのシャボン玉を追いかけて割ろうとしたり、カップル達が砂浜に座ってスマホで撮影していたり、女性陣が「今度うちの病院でやって欲しい!」とお願いしていたりする。


とにかく、不思議な体験だった。

私たちは日々の生活に追われ、他人まで喜ばそう!と余裕が無い時もある。

しかし、この男性のように、自分の時間を他者の為に使って喜んでもらおう!楽しんでもらおう!とする人も居られる。非常に感動したし、自分の心が喜んでいるのが分かった。

「キレイ!きれい!」と拍手してあげるぐらいしかお礼は出来なかったが、みんなが喜んでいるのを見て、その男性も満足している様子だった。


私たちは一人で生きているような錯覚に陥るが、社会全体の一部として生きている。働いている(子育てや家事という専業主婦も含む)というだけで社会に貢献しているといえるが、プライベートな時間までも他者の為に使うという行為に感動した。ブログももっと更新しようと思いました(笑)。

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生きてるだけで丸儲け [社会]

いまる・・・は、さんまと大竹しのぶの娘の名前である。


「生きてるだけで丸儲け」の短縮形?で「い・ま・る」


つい、最近知ったのだが、さんまの師匠「笑福亭松之助」がよく使っていた言葉だったという。


さんまも1985年の御巣鷹山墜落の日航ジャンボ機に乗る予定だったらしいから、より、今を生きているだけで幸せ!ということなのだろうか?


私も、昨日の記事にも書いた「生きているのが不思議な」事故を経験して、「生きているだけで十分」意味のあることであり、価値のあることだと感じている。


車は廃車レベルだが、無傷で何もなく生かされたということは・・・「生きろ!」というメッセージであり、まだ「私」という役割が残っているということなのだろう。


私の役割って何なんだろう?


皆さんが生かされている役割って何ですか?子どものため?孫のため?パートナーのため?職場のため?社会のため?兎に角、生きているだけで何らかの意味があるはずです。


今を精一杯生きましょう!

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初、発炎筒 [社会]

ご閲覧の皆様、ご無沙汰しており大変申し訳ありませんでした。

この一ヶ月いろんなことがあり、現実に追われ、現実逃避ならぬネット空間逃避をしておりました。

しかし、久しぶりに自分のblogを見るとコメントがあり、しかも更新していないにも関わらず毎日一定数の閲覧者があり、キーワード検索で私のブログがヒットするのなら2784の記事があるので理解できますが、恐らく、同じ方が「更新まだか?」と覗いておられるのでは?と感じると・・・こんなダメ人間ではいけない!と気持ちを新たに再開させていただきます。


知らないことを知る・・・ということは良いことであり、誰かのアホな体験で何かを知ることも意味があるのかもしれない!ということでリハビリを兼ねて書きます。


実は先週、交通事故を起こしました。といっても単独事故でケガもなく、生きているのが不思議なくらいなのでご心配なく・・・。そこで車に搭載されている(ダッシュボード下に常備されている)発炎筒を人生で初めて焚きました。4月の車検の際に、ダッシュボード下のフックに掛かっている発炎筒が無いために、1個700円請求金額に入っていた。「ダッシュボードの中に1個あるやん!?」と思ったけど、やはり目に見える形で常備しないといけないのだろう。故に事故した時に発炎筒が2個あったのが幸いした(世の中に偶然がない法則)。


状況は夜勤明けの早朝6時過ぎ、5時頃から天気予報にはない雨が降り出していた。

片側1車線の急カーブを曲がりかけたところ、対向車が3台ぐらい連なってきた。恐らく無意識に「急」ハンドルを切ったのだろう。車とすれ違ったところ、車がスピンしてガタンガタンと何かに乗り上げて動かなくなった。歩道との分離帯の縁石に乗り上げたのだ。見通しの悪いカーブ先で進行方向を半分ふさいでいる。このままでは減速せずに進入してきた車に追突され多重事故になってしまう。とっさに車から降りようとしたがドアがきしんで開かない。助手席からすぐに降りて、その際、発炎筒を握り締めて、カーブの前まで走った。幸い後続車は無い。発炎筒を焚こうとしたが、焚き方がわからない。横に説明書きがあるが老眼で見えない。後続車が来る。手を振ってジェスチャーでスピードダウンするようにお願いをした。(学生時代、交通警備のアルバイトをした経験がここで活きるとは!)


その一台をやり過ごした後、めがねをはずして説明書きを読んだ。キャップをはずし、本体とキャップの外側をこすり付けるように書いてあった。(要するにマッチをする要領です!)


真っ赤な炎と白い煙がモクモクと雨の中でも出て、後続車も危険を察知してスピードダウンしてくれた。


そうこうしていたら、対向車のトラックのおじさんが「警察呼ばんとダメでぇ!」と言ってくれた。実はそのおじさんはお店の常連さんだった!(こんな偶然があるのか?)すぐにレッカー車を呼ぼうとしていたのだが、相手がある事故なら必ず警察を呼ぶのは鉄則だが、単独事故で呼ぶべきとは思いもよらなかった。すぐに110番通報したら10分ぐらいで駆けつけてくれた(発炎筒は1個が消えたので2個目を着火。車検時に700円をけちろうとしていた私を恥じた。)。その後、保険会社にレッカー車を頼んだが1時間ぐらい掛かるとのことだった。警察の方お二人が両方向で交通整理をしてくださり、片側交互通行に。その後事故処理車がやってきた。事故処理車というのは証明書を発行するためにあると思っていたのだが、油圧のジャッキで動かしましょう!ということになった。応援で3台目も駆けつけ、私含めて5人で少しずつ車を移動。その間、小学生が通学で塞いだ歩道を通る。(もしも時間がズレていたら、子供たちの列に突っ込んでいたかもしれない)


レッカー車が来た時には何事もなかったかのような状態だった。車は廃車レベルだが、「ケガがなくてよかったですね~」とまさにその通り。ただあの時、死んでいたら、自分が死んだのかもわからないぐらい何が起こったのかもわからない状況だった。恐らく死後の世界はあるんだろうなぁと感じた。気付いたら違う世界に居るだけの話なのでは?てか、私は既に死んでいて、このブログをあの世から書いているのかもしれない。


今日、「警察呼ばんとダメでぇ!」と助言してくれた常連のおじさんにお店でお会いした。「本当にありがとうございました。多重事故を防げたのもお客さまのおかげです!」と伝えて何か御礼にプレゼントしたいのですが、と言うと「俺もこのお店の人に以前、免許証忘れた時、助けてもらったから、気持ちだけもらうよ!」と言われた。世の中、持ちつ持たれつなんだなぁ・・・と改めて感じた。「それにしても、どうやったらあんな事故になるんや!」と言われた。警察の人にも説明したが、警察の人も反対側のガードレールにぶつかって跳ね返って反対向きに乗り上げたんではないか?と聞かれたほど。覚えていないが、恐らくスピンした際に反対車線にはみ出たのかもしれない。その時に対向車とぶつかっていたら運転席側と対向車で私は即死だ。エアバックもない26年前のロードスターだから(笑)。


それにしても警察の人は有り難かった。税金はちゃんと払おうと思った。(てか少額だが滞納せずという意味で)


生きてるだけで丸儲け!誰かさんの座右の銘ではないが、まさにそんな体験をした初夏の出来事でした。

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物やお金では無い、気持ち [社会]

私は回転寿司ではない、ちゃんとしたお鮨(すし)屋さんというのは、人生で2、3回しか行ったことがない。先輩や上司や親に連れて行ってもらっただけで、自分で行ったことがない。というのも魚の名前も知らないし、頼み方(注文の仕方)も知らないからだ。


聞いた話によると(TVに出演されるような高所得者の人の話)・・・一人1万円程度のお鮨でも人間は満足しないから、次は2万円のお鮨・・・と人間の欲にはキリが無いのだとか。


昨日は、月に一度の娘(高3)との面会日だった。

娘が「百円ショップに行きたい!」というから、何を買うのか見ていたら、編み物のような材料だった。「何か編むの?」と聞くと・・・「御守り」を作ってあげるのだとか。そういえば、娘には相思相愛の同級生(素直に「彼氏」と書けよ!)が居るらしく、その同級生(だから「彼氏」でしょ!?)は硬式野球部でこの夏の大会が、甲子園の切符を賭けた最後の大会になるから、その為だな・・・と想像できた。

私たちが学生の頃は「百円ショップ」なるものは無く、今では一番安く買えるものの代名詞だが、その百円から生み出される「御守り」は、何と高価な価値を生むことだろう。まさに「プライスレス」である。


子供といっても、高校生だからもう立派な大人であるが・・・子供から、物の高価さやお金の大小では無い、「大切な気持ち」というものを改めて感じさせてもらった。

息子が甲子園を目指していた夏は毎年応援に行っていたが、今年は、そんな娘を大切にしてくれている同級生(だから「彼氏」ね!)とチアリーダーとして応援する娘を応援しに行こうと思っている。


今年も熱い、暑い、篤い(気持ちが深い時はこの漢字らしい)夏がやってくる!


(少し先に楽しみがあると人間がんばれる気がするのは私だけだろうか?)

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