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自叙伝 [社会]

以前、同僚の担当お客様が書いたという自費出版された自叙伝なる本をもらったことがある。


しばらく読んだが、そもそもその人を知らず、読んでも全く面白くない。芸能人や有名人や自分の好きな人(アーティストや芸人)のルーツなどは知りたいと思うから読んでみたいと思うが、全く知らない人の自叙伝は興味をそそられない。


昨日、勤め先のオーナーさんから(中学校の同級生であり、私が弟が経営するコンビニを喧嘩別れで辞めるのを機に移籍した経緯がある)契約更新した際のお礼として従業員さん全員にプレゼントを渡したいとのことだった。一人ひとりに個別に挨拶をされ、何かをもらった。「何?」と聞くと・・・「本」だと言う。「もしかして自叙伝とか書いたんじゃないじゃろうね?」と冗談で言うと・・・○○さんのようにブログで本が出版出来るのと違うから~と「選べるギフト」という本だった。


ここでふっと思った。so-netブログは自分のblogを製本に出来るサービスがあるのだ!


息子と娘と大切な人に向けて(死ぬ直前に)製本したいなぁ・・・と。


縁もゆかりもない人の自叙伝(blogは自叙伝では無いが、その人独自の考え方形式だから自叙伝に近い)は面白くないが、縁もゆかりがある人の自叙伝は興味がある。息子や娘が自叙伝を書いたら絶対に読みたいし、親が書いたとしても読んでみたい。ましてや親友や好きな人が書いたものなら尚更だ。


校正とか面倒くさそうだが、so-netユーザーは一度ご検討してもいいのではないだろうか?


あなたの記事が死後も大切な人の手元に残って読み返してもらえるのは幸せなことではないだろうか?


読んでもらえない場合もあるが、それはそれで、あなたとの生前の関係性を天国から知ることになるのだから、それはそれでいいのかも!?

名字は変えられるのか? [社会]

昨日、市役所の市民課にある相談に行った。

私は離婚している。元嫁は再婚し、息子と娘は新しい姓を名乗っている。

娘はいずれ結婚して新しい姓を名乗るから問題とは思っていないが、息子は一生血の繋がらない姓を名乗ることになる。息子の事を思いやっての勝手な心配であり、息子がどう思っているのかもわからない。しかし、変更が出来るのか?来年、二十歳となり、就職も決まったのでそれを機に独り立ちする一環として、可能性の話として聞いてみた。なんとそこに市の職員として居たのは小・中・高と一緒で、私の離婚の事情もその後もよく知っている同級生だった。(こんな偶然があるのか!?複雑な事情を話すのが省け、ざっくばらんに質問出来た。)


結論から言うと「裁判所に申請して認められば可能」とのこと。

15歳以上であれば、実の父の姓を名乗ること、再婚前の母の姓を名乗ることは可能。ただし、離婚後再婚前の母の姓は私と同じ姓を名乗っている(通常、旧姓に戻るのだが、いじめなどの可能性の問題で元夫の姓を名乗ることを裁判所に申請しているため)ので普通に考えられるのは私の姓である。これはこれで嬉しいのだが、息子の立場を思うと、現在の両親や親族間で私の姓を名乗るのは新たないじめに遭う可能性もあるため、元嫁が私と結婚する前の本当の旧姓に戻れるか?が私の焦点だった。

それは祖父母と養子縁組を結べば可能であるが、相続の問題や母の兄弟姉妹に入るという複雑な問題が絡む。それ以外で母の本当の旧姓を名乗ることは出来るのかは不明なので、この案件を近くの家庭裁判所に戸籍謄本を持って相談に行ってみるように言われた。歩いて離婚調停の場となった裁判所に9年ぶりに足を運んだ。


20歳以上で新たに戸籍(新たに世帯主となり)を作れば可能だが、裁判所が相応の理由を認めれば・・・という条件がつくという。


私の息子の場合、3月下旬誕生日で二十歳となり、4月1日入社となる、いろいろな手続き上で混乱をきたすから不可能ではないが、無理っぽいなぁと感じた。そもそもは息子がどんな風に考えているかもわからないのだが。


それよりも、今まで何年もモヤモヤした気持ちで過ごしていたが、知らないことを知るという事だけでスッキリとした。親身になって相談に乗ってくれた同級生や真剣に答えを見つけようとする裁判所の職員の方に感動した。

私も何かの相談を受けた際は、真剣に対処してお役に立っていこうと感じた。一度は死んだかもしれない人生、と考えると後の人生はチョボチョボ。私以外の誰かの為に生きようと感じた8月の暑い夏の一日だった。

ルールを守ることは自分を守る [社会]

私は、車が廃車レベルとなった段階でバイク通勤となった訳だが、以前勤務していたお店の従業員さんがバイクで事故したシーンを思い出した。

住宅街をバイクで走っていたら、一旦停止標識があるところを車が停止せずに出てきた出会いがしらの事故。

他にも有り得そうな事故が点滅信号の交差点。一方から見れば黄色信号。一方から見れば赤信号。黄色側も注意して進入する義務があるが、赤信号側が一旦停止せずに進入してくることで起こる事故。

例えばそれが田舎の信号機だから・・・といって誰も進入してこない!と思い込むのではなく、赤信号だから止まろう!というロボット的意識の方が大事なのかもしれない。無灯火で走る自転車や夜道をダイエットの為か走っている人もいるし、無灯火で走る車だっている。

こちらが気をつけていても、対向車が車線をはみ出してきたら、それだけで終わりでもある。

交通ルールだけでない、いろんなルールがある。

ルールを守ることは、人を傷つけないことであり、自分の身を守ることでもある。

今日も自分を含めた皆さんが無事故無違反(無違反はその人の問題でしょ!)で居られますように!

夜のシャボン玉アート [社会]

近くの海水浴場が夜はライトアップされていると知り、観に行った。

砂浜が七色にライトアップされ非常に幻想的だった。

遠くで何かキラキラ光るものが飛んでいるのが見えた。

何だろう?と近寄ってみると、30代の男性が幻想的な音楽を流しながら、シャボン玉アートのパフォーマンスをやっておられる。何でもその男性も、砂浜がライトアップされているのを聞いて、趣味でやっているのだとか。


海をバックに砂浜に向けて、鈴なりになったシャボン玉がキラキラと輝きながら風に吹かれて、幻想的に飛んでいく。


子どもたちが無邪気にそのシャボン玉を追いかけて割ろうとしたり、カップル達が砂浜に座ってスマホで撮影していたり、女性陣が「今度うちの病院でやって欲しい!」とお願いしていたりする。


とにかく、不思議な体験だった。

私たちは日々の生活に追われ、他人まで喜ばそう!と余裕が無い時もある。

しかし、この男性のように、自分の時間を他者の為に使って喜んでもらおう!楽しんでもらおう!とする人も居られる。非常に感動したし、自分の心が喜んでいるのが分かった。

「キレイ!きれい!」と拍手してあげるぐらいしかお礼は出来なかったが、みんなが喜んでいるのを見て、その男性も満足している様子だった。


私たちは一人で生きているような錯覚に陥るが、社会全体の一部として生きている。働いている(子育てや家事という専業主婦も含む)というだけで社会に貢献しているといえるが、プライベートな時間までも他者の為に使うという行為に感動した。ブログももっと更新しようと思いました(笑)。

生きてるだけで丸儲け [社会]

いまる・・・は、さんまと大竹しのぶの娘の名前である。


「生きてるだけで丸儲け」の短縮形?で「い・ま・る」


つい、最近知ったのだが、さんまの師匠「笑福亭松之助」がよく使っていた言葉だったという。


さんまも1985年の御巣鷹山墜落の日航ジャンボ機に乗る予定だったらしいから、より、今を生きているだけで幸せ!ということなのだろうか?


私も、昨日の記事にも書いた「生きているのが不思議な」事故を経験して、「生きているだけで十分」意味のあることであり、価値のあることだと感じている。


車は廃車レベルだが、無傷で何もなく生かされたということは・・・「生きろ!」というメッセージであり、まだ「私」という役割が残っているということなのだろう。


私の役割って何なんだろう?


皆さんが生かされている役割って何ですか?子どものため?孫のため?パートナーのため?職場のため?社会のため?兎に角、生きているだけで何らかの意味があるはずです。


今を精一杯生きましょう!

初、発炎筒 [社会]

ご閲覧の皆様、ご無沙汰しており大変申し訳ありませんでした。

この一ヶ月いろんなことがあり、現実に追われ、現実逃避ならぬネット空間逃避をしておりました。

しかし、久しぶりに自分のblogを見るとコメントがあり、しかも更新していないにも関わらず毎日一定数の閲覧者があり、キーワード検索で私のブログがヒットするのなら2784の記事があるので理解できますが、恐らく、同じ方が「更新まだか?」と覗いておられるのでは?と感じると・・・こんなダメ人間ではいけない!と気持ちを新たに再開させていただきます。


知らないことを知る・・・ということは良いことであり、誰かのアホな体験で何かを知ることも意味があるのかもしれない!ということでリハビリを兼ねて書きます。


実は先週、交通事故を起こしました。といっても単独事故でケガもなく、生きているのが不思議なくらいなのでご心配なく・・・。そこで車に搭載されている(ダッシュボード下に常備されている)発炎筒を人生で初めて焚きました。4月の車検の際に、ダッシュボード下のフックに掛かっている発炎筒が無いために、1個700円請求金額に入っていた。「ダッシュボードの中に1個あるやん!?」と思ったけど、やはり目に見える形で常備しないといけないのだろう。故に事故した時に発炎筒が2個あったのが幸いした(世の中に偶然がない法則)。


状況は夜勤明けの早朝6時過ぎ、5時頃から天気予報にはない雨が降り出していた。

片側1車線の急カーブを曲がりかけたところ、対向車が3台ぐらい連なってきた。恐らく無意識に「急」ハンドルを切ったのだろう。車とすれ違ったところ、車がスピンしてガタンガタンと何かに乗り上げて動かなくなった。歩道との分離帯の縁石に乗り上げたのだ。見通しの悪いカーブ先で進行方向を半分ふさいでいる。このままでは減速せずに進入してきた車に追突され多重事故になってしまう。とっさに車から降りようとしたがドアがきしんで開かない。助手席からすぐに降りて、その際、発炎筒を握り締めて、カーブの前まで走った。幸い後続車は無い。発炎筒を焚こうとしたが、焚き方がわからない。横に説明書きがあるが老眼で見えない。後続車が来る。手を振ってジェスチャーでスピードダウンするようにお願いをした。(学生時代、交通警備のアルバイトをした経験がここで活きるとは!)


その一台をやり過ごした後、めがねをはずして説明書きを読んだ。キャップをはずし、本体とキャップの外側をこすり付けるように書いてあった。(要するにマッチをする要領です!)


真っ赤な炎と白い煙がモクモクと雨の中でも出て、後続車も危険を察知してスピードダウンしてくれた。


そうこうしていたら、対向車のトラックのおじさんが「警察呼ばんとダメでぇ!」と言ってくれた。実はそのおじさんはお店の常連さんだった!(こんな偶然があるのか?)すぐにレッカー車を呼ぼうとしていたのだが、相手がある事故なら必ず警察を呼ぶのは鉄則だが、単独事故で呼ぶべきとは思いもよらなかった。すぐに110番通報したら10分ぐらいで駆けつけてくれた(発炎筒は1個が消えたので2個目を着火。車検時に700円をけちろうとしていた私を恥じた。)。その後、保険会社にレッカー車を頼んだが1時間ぐらい掛かるとのことだった。警察の方お二人が両方向で交通整理をしてくださり、片側交互通行に。その後事故処理車がやってきた。事故処理車というのは証明書を発行するためにあると思っていたのだが、油圧のジャッキで動かしましょう!ということになった。応援で3台目も駆けつけ、私含めて5人で少しずつ車を移動。その間、小学生が通学で塞いだ歩道を通る。(もしも時間がズレていたら、子供たちの列に突っ込んでいたかもしれない)


レッカー車が来た時には何事もなかったかのような状態だった。車は廃車レベルだが、「ケガがなくてよかったですね~」とまさにその通り。ただあの時、死んでいたら、自分が死んだのかもわからないぐらい何が起こったのかもわからない状況だった。恐らく死後の世界はあるんだろうなぁと感じた。気付いたら違う世界に居るだけの話なのでは?てか、私は既に死んでいて、このブログをあの世から書いているのかもしれない。


今日、「警察呼ばんとダメでぇ!」と助言してくれた常連のおじさんにお店でお会いした。「本当にありがとうございました。多重事故を防げたのもお客さまのおかげです!」と伝えて何か御礼にプレゼントしたいのですが、と言うと「俺もこのお店の人に以前、免許証忘れた時、助けてもらったから、気持ちだけもらうよ!」と言われた。世の中、持ちつ持たれつなんだなぁ・・・と改めて感じた。「それにしても、どうやったらあんな事故になるんや!」と言われた。警察の人にも説明したが、警察の人も反対側のガードレールにぶつかって跳ね返って反対向きに乗り上げたんではないか?と聞かれたほど。覚えていないが、恐らくスピンした際に反対車線にはみ出たのかもしれない。その時に対向車とぶつかっていたら運転席側と対向車で私は即死だ。エアバックもない26年前のロードスターだから(笑)。


それにしても警察の人は有り難かった。税金はちゃんと払おうと思った。(てか少額だが滞納せずという意味で)


生きてるだけで丸儲け!誰かさんの座右の銘ではないが、まさにそんな体験をした初夏の出来事でした。

物やお金では無い、気持ち [社会]

私は回転寿司ではない、ちゃんとしたお鮨(すし)屋さんというのは、人生で2、3回しか行ったことがない。先輩や上司や親に連れて行ってもらっただけで、自分で行ったことがない。というのも魚の名前も知らないし、頼み方(注文の仕方)も知らないからだ。


聞いた話によると(TVに出演されるような高所得者の人の話)・・・一人1万円程度のお鮨でも人間は満足しないから、次は2万円のお鮨・・・と人間の欲にはキリが無いのだとか。


昨日は、月に一度の娘(高3)との面会日だった。

娘が「百円ショップに行きたい!」というから、何を買うのか見ていたら、編み物のような材料だった。「何か編むの?」と聞くと・・・「御守り」を作ってあげるのだとか。そういえば、娘には相思相愛の同級生(素直に「彼氏」と書けよ!)が居るらしく、その同級生(だから「彼氏」でしょ!?)は硬式野球部でこの夏の大会が、甲子園の切符を賭けた最後の大会になるから、その為だな・・・と想像できた。

私たちが学生の頃は「百円ショップ」なるものは無く、今では一番安く買えるものの代名詞だが、その百円から生み出される「御守り」は、何と高価な価値を生むことだろう。まさに「プライスレス」である。


子供といっても、高校生だからもう立派な大人であるが・・・子供から、物の高価さやお金の大小では無い、「大切な気持ち」というものを改めて感じさせてもらった。

息子が甲子園を目指していた夏は毎年応援に行っていたが、今年は、そんな娘を大切にしてくれている同級生(だから「彼氏」ね!)とチアリーダーとして応援する娘を応援しに行こうと思っている。


今年も熱い、暑い、篤い(気持ちが深い時はこの漢字らしい)夏がやってくる!


(少し先に楽しみがあると人間がんばれる気がするのは私だけだろうか?)

初油そば [社会]

人の考え方というのは人それぞれで、頑固一徹同じものしか食わない!というオヤジもいれば、柔軟に子供が食べたい!というものを一緒に食べに行くオヤジもいる。私は後者である。

昨日は子供との月に一度の面会交流の日。離婚後の面会交流というのは子供にとって大事というのは先日のニュースで聞いた話だが、親の精神衛生上でも大事なのである。

息子が一昨日開店した「油そば」専門店に行きたい!というから行ってきた。私にとっても人生初体験である。

延びたような汁なし麺に、ラー油と酢をしっかり掛けてかき混ぜる。いろんなトッピングをして食べる。

私は並盛りとチゲスープを頼んだが、お腹の中ではチゲラーメンに成っていることだろう。息子は2.5倍盛りの「でら盛り」というのを頼んでいたので、「でら」とか「どえりゃぁ」とかは名古屋弁だから、「油そば」は名古屋発祥なのか?と思って、後で調べると東京の武蔵野地区発祥らしい(てか武蔵野がどこにあるのかもわからないが・・・)

息子のお陰で新しい食べ物に出会ったから、息子に感謝である。トッピングの種類も豊富で、組合せは無限にありそうだから無限に楽しめそうだ。ここでヒントを得たのだが、私の日々の「玄米ご飯」にもトッピングをいろいろと組合せて食べると無限に楽しめそうだ!

人はいつか死ぬのだから、自分の中で新発見や新しい体験や挑戦をして死にたいものだ。「あれしてダメだったら・・・」とか「これ食べてまずかったらどうしよう?」とかあれやこれや頭の中で考えるよりも当たって砕けろ!的な行動ありきでいいのかもしれないなぁ・・・と。



ドラマ「L et M わたしがあなたを愛する理由、そのほかの物語」 [ドラマ]

2012年 BeeTVで放送された沢尻エリカ主演のドラマ「L et M わたしがあなたを愛する理由、そのほかの物語」のL編を観た。

恋愛に奥手な絵瑠(える)はフレンチレストランのシェフ、年下の男の子にグイグイ押されて、その一途さに負けて恋に落ちる。

今回記事にしたかったのは・・・劇中でエリカ様演じる絵瑠が、好意を寄せていた男性に料理を振舞った際、相手の男性がその美味しい味に出会って「今日はいい日だなぁ!」「神様ありがとう!」と天を仰ぐシーン。

私もこのブログ「今日もいい日だなぁ」も目標としていた累計閲覧数を本日通過し「神様ありがとう!」と天を仰いだから世の中に偶然は無いのかもしれない(笑)。

ご覧いただいた皆様ありがとうございます。

小悪魔で自由奔放な絵夢(えむ)編も楽しみである。


映画「ディア・ドクター」 [映画]

2009年公開の映画「ディア・ドクター」を観た。

第33回日本アカデミー賞でなんと10部門受賞している。https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%83%89%E3%82%AF%E3%82%BF%E3%83%BC

ただ単に井川遥が出ているというだけで観たのだが、肝心の井川遥は最後の方しか出て来ない(笑)(が、重要な役で相変わらず、いい顔していた)


先日の武田教授(さんまのホンマでっかTVなどご出演の物理学者)の音声ブログでも言っておられたが、医師は本来、修理工であって、患者の人生設計の手助けをするだけである・・・と。例えば、血圧に関しても本来は年齢+90が血圧目安であった(年齢と共に血圧も高くなる、若い頃は血管も柔らかいので血圧も高くないが、年齢と共に血管も硬くなるので、そりなりの圧が必要となる為)のに、いつのまにやら、年齢に関係なく一律130と線引きして降圧剤を飲まされる。

ここで受診者に決めてもらわなければならない。決めるのは医者では無い。人生設計をする受診者本人なのである。

降圧剤を飲めば長生き出来るかもしれないが、認知症などのリスクも伴う。

ぽっくり死ぬので良ければ降圧剤は処方しない。それを患者本人に決めてもらうべきであると・・・。


例えていうならば、身長160センチの人もいれば身長180センチの人もいる。平均身長が170センチだから、身長180センチの人は足を10センチ切りましょうね!と言うのと同じである!・・・と。

確かに人それぞれの適正血圧というのがあるのだろう・・・それに見合った医療というのがあってしかるべきである。うちの母も市の健康診断で「血圧が高いから病院に行って下さい!」と市の職員が自宅まで訪問して来てから言われて病院に行くべきか迷っている。私はこの話をして、本人に考えてもらっている。「そうよね!ちょっと前まで年齢+90だったよね!」「何でこうも変わったのかしら?」と聞くから・・・私は「薬で儲けたいだけ!」と答えた。


鶴瓶主演ということで笑いながら観れるのか?と思いきや、非常にシリアスな内容で、武田プロフェッサーのおっしゃる、一人の人や周囲の人の人生に関わる非常に重たい内容で、ある程度ネタバレレビューを見た上でも、何故かドキドキハラハラさせられた。アカデミー賞10部門受賞も納得の作品である!映画のエンディングで流れる曲は、流れからいって、てっきり鶴瓶が歌っているのかと思ってしまいました。→https://www.youtube.com/watch?v=nprKaLsk4jY

ディア・ドクター [DVD]

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